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大阪地方裁判所 昭和35年(タ)55号 判決

原告 金城徳尚こと金徳尚

被告 玄香松

主文

原告と被告との間に親子関係の存在しないことを確認する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、その請求原因として、

「原告は朝鮮(韓国)の戸籍上、本籍済州道南済州郡城山面古城里一四九五番地父金洙好、同番地母被告間の長男となつているが、真実は金洙好を父とし、本籍大阪市東住吉区矢田矢田部町七九四番地林タミヱ(大正一二年五月三〇日生)を母として、昭和二一年二月三日大阪市生野区杭全町八〇三番地において出生した者である。右戸籍上の記載がなされた事情は、金洙好が昭和一六年六月下旬頃徴用により、その妻である被告を本籍地に残したまま、本籍地から単身日本に渡来し、まもなく大阪市生野区杭全町八〇三番地において林タミヱと同棲するようになり、同女との間に原告を儲けたのであるが、昭和二一年(檀紀四二七九年)六月二四日城山面長に対し、原告を同年二月三日城山面古城里一四九五番地において自己と被告との間に長男として出生した子である旨の届出をしたためである。なお、金洙好の来日以来、被告からは音信がなく、その所在も不明である。

そこで、原告は本訴に及んだ次第である。」と述べた。

立証〈省略〉

被告は、公示送達による呼出を受けたが本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

理由

一、裁判管轄権について

まず、原告の国籍を考えてみるのに、外国の公文書として真正に成立したと認める甲第一号証(戸籍謄本)、証人上村アヤコの証言により真正に成立したと認める甲第二号証、証人林タミヱの証言、証人金洙好の証言(ただし後記措信しない部分を除く)を総合すると、原告は、本籍大阪市東住吉区矢田矢田部町七九四番地林タミヱ(大正一二年五月三〇日生)が、昭和二一年二月三日大阪市生野区杭全町八〇三番地において分娩した子であること、原告の父は本籍朝鮮済州道南済州郡城山面古城里一四九五番地金洙好(大正八年一一月二一日生)であること、ところが金洙好はその本籍地の者を介して、昭和二一年六月二四日城山面長に対し、自己とその妻である玄香松(大正七年二月二〇日生)の嫡出子として出生届をしたため、戸主金洙好の戸籍に原告が長男として登載されたことが認められ、証人金洙好の証言中これに反する部分は措信し難く、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば原告は内地人林タミヱの非嫡出子として出生し、旧戸籍法の適用を受け、内地戸籍に登載されるべき者としての日本国籍を取得したが、朝鮮戸籍令の適用を受け朝鮮戸籍に登載された父金洙好のなした庶子出生届としての効力が認められる嫡出子出生届により右金洙好の戸籍に入つたのであるから、この時より旧戸籍法の適用を受けない日本人としての日本国籍を有する者となつたといわねばならない。したがつて、原告は、その後昭和二七年四月二七日平和条約の発効にともない日本国籍を喪失し、かつ韓国国籍を有するに至つた者、つまり現に韓国人であるということになる(最高裁昭和三六年四月五日判決、民集一五巻四号六五七頁参照)。

つぎに、被告は、朝鮮戸籍令の適用を受け、朝鮮戸籍に登載された朝鮮人であつたから、昭和二七年四月二七日平和条約発効とともに当然日本国籍を喪失し、同時に韓国国籍を回復するに至つた者である。

そこでわが国に住所を有する韓国人たる原告が、わが国に住所を有しない戸籍上のみの母(つまり母子関係がない)韓国人たる玄香松を被告として母子関係不存在確認を求めるのについて、わが国の裁判権を肯定するには、国際条理上、被告の住所がわが国にあることを原則とすると解せられる。

しかしながら、本件についてみるのに前示甲第一号証、証人金洙好、同林タミヱの各証言を総合すれば、原告は出生以来、大阪市において、父金洙好、母林タミヱによつて生育されてきた者であつて、もとより戸籍上のみの母である被告玄香松とは一面識もないこと、父金洙好は日本に来てから一度も朝鮮に帰省したことはなく、同人と玄香松とは終戦前からすでに音信が不通で、玄香松の所在も不明であること、原告と父母を同じくする妹幸子(昭和二二年一二月二八日生)については、原告と同様に父金洙好の戸籍に被告を母とする嫡出子として登載されていたが、最近、母林タミヱの戸籍に入ることができたこと、なお本件についての重要な直接証拠である証人の殆どすべてが大阪市に居住すること等の事情が認められる。

ところで、戸籍上のみの母を被告として、その子とされている原告が親子関係不存在確認を求める本件における右のような被告が所在不明であり、かつわが国に本件の裁判管轄権を認めても弊害があるとは考えられないような事情は、本件についてわが国に裁判管轄権を認めるべき特別の事情にあたると解するのが、国際私法生活における正義公平の理念に添うものということができる(最高裁昭和三七年(オ)第四四九号昭和三九年三月二五日判決参照)。したがつて、本件はわが国の裁判管轄権を肯定することができ、そして原告の住所地である大阪地方裁判所の管轄に専属するといわねばならない。

二、被告の当事者適格について

つぎに本件において原告の父金洙好を本訴被告玄香松とともに共同被告とすべき固有の必要があるか否かを検討してみるのに、原告は被告が原告を分娩したものではないと主張するのであるから、原告は「夫の親生子」(嫡出子)の推定を受けないもの(韓国民法八四四条)ということになり、また全く他人たる夫婦間の嫡出子として虚偽の出生届がなされたというものでないから、原告は本訴被告と金洙好との間の嫡出子でないことの確認を求めるものではない。すなわち、原告は金洙好の婚外子であることを争わず、戸籍上母と記載されている被告との間に母子関係のないことのみの確認を求めているというべきである。被告および原告間の母子関係の不存在と金洙好および原告間の父子関係の存在とはいずれも嫡出子関係の存否とは異るものであつて、不可分の身分関係でないばかりでなく、被告および金洙好は原告の共同の親たる資格を有するものでないというのであるから、前者についての確定判決の既判力は後者に及ぶべきものではない。したがつて、本訴被告と金洙好とを共同被告とする固有の必要はないものと解すべきであり被告は単独にて本件の当事者適格を有するものということができる。

三、準拠法について

本件において、原告は金洙好と被告玄香松の嫡出子とされている親子関係のうち被告玄香松との親子関係の不存在確認を求めるものであるから、法例一七条の類推適用により、その出生の当時母の(内縁の)夫の属したる国の法律により定められるところ、金洙好は韓国人であるので、韓国の法律によることとなる。

そして、訴訟地たるわが国の法律のもとにおいては、親子関係不存在確認訴訟は、人訴法の規定を類推適用して許容するところである。

四、請求原因について

そこで原告主張の請求原因事実についてみるに、さきに裁判管轄権判断の前提として認定した事実のとおり、原告主張のとおりの事実を認めることができる。そうして韓国親子法のもとにおいても、本件のような場合について、原告と被告玄香松との間に親子関係がないとすべきこと当然である。

五、よつて、原告の本訴請求は正当であるから認容することとし、民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 平田孝 小田健司)

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